1000ベロというワードから世相を読み取ってみた話

1000ベロは本当にそれでいいのか?

1000ベロって何?

酒を呑まない人はあまり聞いたことのないワードかも知れない。でも呑べえ達の間ではかなり知られているワードだと思うし、最近は1000ベロを特集した本や1000ベロに特化したサイトも数多く存在している。念のため、知らない人に解説をしておくと

1000ベロの語源は「1000円でベロベロになれる程安い居酒屋」という意味である。酒を呑む料金というのは、店の雰囲気やサービス・素材・立地などによって変わってくるが、質も良くてコスパ(=コストパフォーマンス)が良いということも条件となるらしい。

最近は1500ベロとか2000ベロなんて言ってサイトにレビューを書いている人を見かけるがそのうち5000ベロとか10000ベロとか出てくるのではないか?要らぬ心配をしたりしている。

さて、この1000ベロ居酒屋っていうものに僕は一抹の不安がある。店の方というよりも客側に不安を覚える。1000ベロが流行り出した頃、多くの呑べえがこぞって、安くて旨い店を食べログなどに記事として掲載した。僕も最初の頃はその一人で何軒かのレビューを書いたが馬鹿らしくて途中で止めてしまった。その理由は何個かある。

まず、あまりにも1000ベロを全面に押し出しているが故にせっかくネットで見て来てくれた客が酒2杯にツマミ1品を呑んで、食べて「1000ベロ成功!」なんて言って帰ってしまうのである。そして1日に何軒もの店をはしごして呑み歩く、その数尋常じゃないほどの8軒とか10軒。僕はあきれて開いた口がふさがらない。

本当にこの人達は酒が好きで、居酒屋が好きなのだろうか?と。人の行動や趣味嗜好にとやかく言うつもりもないが、店だって儲けて何ぼの話だし、貴方たちが席に着いたいるから他の人が入れなく、諦めて帰ることだってある。ましてその店のレビューをするのであればそれなりに回数通って、じっくり呑んだ上で評価をしていただきたいと思う。何人かのレビュアーがオフ会と称し、同じ店に行き、同じ評価を書いいたりするのは本当に見苦しい。「貴方の味覚は同行した人と同じなのか?」「受けた印象もまったくおなじなのか?」と。

少なくともエモーショナルな部分は人それぞれ違って当然だ。同じサービスを受けても、その人のステレオタイプによって感じ方は大分違う。

1000ベロの話に戻すと、これも人によって大分違うと思う。人によって酔う酒の量も違うし満足度も違う。だから自分は1000ベロだと思っていても他の人にしてみれば「ちがうよぉ」という話になりかねない。そもそも1000ベロの定義というのが非常にあいまいだし、誰がつくった言葉なのかも良く知らない。なので僕なりの1000ベロについての仮説を述べてみたいと思う。

1000ベロは今の世相を反映しているのではないか?

かなり憶測も多くなってしまうが、「1000ベロ」というキーワードからいくつかの世相が読み取れる。

まずは「言葉の短縮」

いつ頃からだろうか、正式な言葉を短縮したワードが女子高生などの間で流行りだし、今では3レターコードや2レターコードなどで表わされる。FM=風呂の後に飯などだ。それによって正しい日本語が喋れない話せない人も多くなっていると感じる。これは僕なりの考えだけど、コミュニケーションが「上手くない」というか、「苦手」というか、一番「貧しい」という言葉の方が適切なのかも知れない。若いころからスマホがあってSNSがあった世代にはそれが多分当てはまるのだと思う。実際のコミュニケーションという核心の「分からない事を面と向かって質問する」とか、「好きな女の子に声を掛ける」とかを今までやったことがない、やらなくて済んでしまっている状況が「コミュニケーション貧困」を作ってしまっているのではと思う。

次に「価格」

景気があまり良くない時代だから、食べることや楽しみに掛かるお金は安いに越したことはない。バブル崩壊以降お父さんたちのお小遣いは減る一方です。よって1,000円という金額はお父さんたちがなけなしの小遣いをやりくりすることで捻出できる金額なのだと思う。僕の会社の同僚でもいるが、最近は居酒屋にも行かずコンビニ前で呑んでいる人達も多くいる。コンビニはビールなど定価だし、レジサイドにはツマミになりそうな揚げ物が多く並んでいる。発泡酒と揚げ物を2つくらい食べれば、それこそベロベロに成れる。しかし大人がこれでは子供たちがコンビニ前にたむろする事を注意することが出来なくなってしまう。景気が良くなれば、実質的に財布は豊になるし、心も豊かになれるのだと思う。

最後に「べろべろ」

「なぜベロベロになりたいのか?」ここに大きな答えが隠されているのではないかと思っている。お酒というのはほろ酔いくらいが一番身体に良いことは100も承知である。しかし敢えてベロベロになりたいという事は安価で得をしたいという訳ではなくて、日頃に不満や不安・忘れたい事が中年や若者に蓄積されてしまっているのだと思う。なので酒を呑んで一瞬でも忘れてしまおうという気持ちになるのだと思う。中年には老後の生活やローンの返済、若者には就職への不安、結婚や育児への悩みなども多いことだろう。これは今の世の中が非常に不安定で悩みや心配ごとが多いために「ベロベロになりたい」と気持ちになるのだと思う。

たぶん1000べろについて真面目考えている記事はどこを探しても無いと思う。僕のこの記事だって非常に中途半端になっていることは否めないが、今の世の中の状況がこの「1000べろ」という言葉を生み出し、流行らせているのではないか?と思っている。

この話で分かったこと

特になし(笑)

この話に関係するリンク

なし

スポンサーリンク




シェアする

フォローする

スポンサーリンク